学校では達成感を感じるのはかなり難しいのです。

本質的に学校とは課題を学ぶ場所です。

 

アルバイトや従業員をイメージされると分かりやすいと思います。

人から出されたノルマや課題で達成感は感じないんですよ。

 

ノルマや課題で達成感を感じるのは、課題を出した側です。

つまり先生が「やった!」と感じています。

 

「自分と同じ気持ちを生徒たちも感じているはずだ」

と錯覚するんです。

 

山登りをして「やったぞー」と思えるのは自分で登ることを決意した人です。

登らされていたら達成感ではなく「やれやれ終わった」という安心感なんですよ。

 

支援学校や支援学級はとかく先生が多いです。

ゆえに課題が多く、子どもたち自ら「こうしよう」と思う機会が少ないんです。

 

学校ではそもそもが達成感を感じにくい、または先生次第である、と考えた方がいいです。

先生の中には「課題で達成感は感じない」と分かっている人もいますが、分かってない人は永遠に分かりません。

 

家庭で出来ることは、家庭こそが達成感を育めるという意識です。

 

学校とは反対の役割をするんですよ。

学校とは課題やノルマが多いじゃないですか。

 

家庭では好きなことを大事にするんです。

スポーツに興味があるなら没頭してみる。絵や音楽が好きなら徹底的にやる。

 

そのうちに子どもたちは「出来た!」と感じてくれます。

好きなことには自ら課題を設定するからです。「うまくなるんだ!」みたいな課題です。

 

自分で課題を出して達成出来たときに自信は深まります。

 

自信が深まると他人と自分を比べなくなります。

 

「比べない」というのは自信を深める土台となるものです。

そもそもが無意味な物事はなく、どんな人にも役割や価値があります。

 

学校は「ルールを守って能力を高めましょう。お金を稼ぎましょう」が価値観の土台にあります。

かなり危ういものです。世の中に必要なのは思いやりや好奇心であり好きという感情です。

 

とかく学校にいると一つの基準でもって比べられるんですよ。

悩みの根元は嫉妬や比べることです。

 

比べるは刃物と同じでそもそも人に向けるのが間違いですが、学校は評価をする場所なので比べます。

 

子どもたちは学校で達成感や自信を深めるよりも、反対の状況になっていくことを意識してみてください。

子どもたちは「分かってくれてありがとう」と救われる想いになるでしょう。

 

「何かを出来るようになることで自信は深まるはずだ」

 

学校はそう考えますが、その基準で考えればキリがありません。

自信とは比べないことから始まります。

 

出来ようと出来まいと自分は自分なんです。

人生を切り拓くのはいつでも自分の好きなことや気持ちからです。

 

根本的な部分から達成感と自信を勘違いさせることが多いんですよ。

発達障害の子に対する教育文句で「出来ることを増やして自信を!」などの謳い文句も一役を買っているでしょう。

 

達成感とは課題を出した側が感じるものです。

子どもが達成感を感じるのは、子どもがやりたいことや興味を通してやったことです。

 

家庭では好きの延長線上を大事にしてください。

「好きこそものの上手なれ」であり、好きから始まらないことは達成感とは関係のないことです。

 

私は支援学校で先生をしていました。

学校とはあえて逆をやっていましたが、輝いてくれますよ。

 

好きから人生は切り拓かれます。