お子さんとの関係がうまくいってないとき「相手には心があるんだ」と思うことが肝要です。

 

「大人になれば分かるはずだ」

「いつか感謝するだろう」

そういって強引に物事を決めることが時としてあります。

 

ただ自分のことは自分で決めるのが本来です。

それがどれだけ大人からみれば非効率的で間違っていたとしてもです。

 

例えば学校では「頭髪検査」「良い学校へいけ」「みんなと同じようにしよう」などで強引な指導があります。

反発あっても、強引な指導を正当化させる理由は「いつか分かるはずだ」という論理でしょう。

 

この場合、感謝されることは9割方ありません。

それは先生は生徒の心の中を観ていないからです。

 

「見た目が良くなった」「高い偏差値の学校や就職をした」「みんなと同じ正しいことが出来ている」

どれだけ外見が整っても、喜ぶことはないんです。

 

「親は良かれと思っているのに子どもは感謝していない」というのも同じ。外見を整えて心の内が見えていないときに起ります。

例えばテストで100点取っても、勉強させられての100点だったら褒められても嬉しくないのです。

自分で「100点取るんだ」と決めて取れた100点が嬉しい。

 

ストレートに言います。

「強引にやってもいい。いつかは感謝するはずだ」

この考えは傲慢です。

「私は全て分かっている。正しいのは自分なんだ」という驕りです。

親でも先生もで「この子の幸せは何なのか」は分かりません。

 

「貧乏でいいから自分は音楽家になりたい」と本人が言うのなら、それがその子の幸せです。

その気持ちを尊重することで心は輝きます。

尊重してくれたから「ありがとう」と感謝が湧きます。

「親孝行しなくちゃな」という想いが湧くのはそんなときです。

 

「強引にやってもいい。いつかは感謝するはずだ」

「私は全て分かっている。正しいのは自分なんだ」

 

こういった考えはお互いを不幸にします。

折角、親子になれたんです。

傷つけ合う関係は終わりにして喜びを共有する関係を目指してもらえればと思います。