不登校になったり、夏休み明けに命を絶つ事件、いじめ、成人になってからの過労など学校教育に問題が多すぎます。

それでも学校は基本変わりません。

以前先生だった私個人の実感ではありますが、変化を恐れる大企業と同じで学校は固形化しています。

 

実は一般的にある学校観や義務教育のイメージは学校側が作り出したものです。

「学校にあるルールや常識などは先生寄りの都合である」とも言えます。

 

今回は、家庭向けに「学校教育とは何なのか」を説明します。

不登校を始めとする心の問題を防ぎ、日々に生き甲斐を感じる子どもたちが増えることを願っています。

 

社会のためにルールを学ぶ

分かりやすさのため直球で書きます。

学校で「個性を伸ばす」「未来へ羽ばたく」などありますが、あれは幻です。

 

私は学校内部にいましたが、あらゆる書類に「指導」という文字が入っていました。

指導で個性は伸びません。

学校で子どもは鳥のように羽ばたくのではなく、アリのように働く習慣を身に付けるのが実際です。※アリの人生を否定するのではなく

 

スポーツでも指導者が強権的なチームに個性はないでしょう?

個性は教わるのでなく、自分で見つけるものです。個性を伸ばすとは指導を控えるということです。

 

「個性を伸ばす教育」という表現を学校が違和感なく使っていることが深刻さを表しています。

「先生は無自覚である」ということです。

 

学校とは社会のためにあります。組織のため、全体のためです。

「優秀な組織の一員になるための学び舎」と考えればいいでしょう。

 

私は30代なので最後の世代だったでしょう。以前は学校で「優秀な組織の一員になるスキル」を身に付ければ一定の見返りはありました。

ただ段々とそれが薄れ見返りは特にありません。それでも昔のシステムが未だに残っています。

 

ゆえに子どもたちの心の問題は解決されません。それは大人になっての過労死などからも見て取れます。

学校は固形化しているので家庭が変わる必要があります。

私は「我が子にとっての学校教育」という意識を持たれることをお勧めします。

 

我が子にとっての学校教育

個人が生きるに必要なのは生き甲斐です。

子どもにとっての学校とは生き甲斐を見つけるために通う場所です。

親友との出会いや自分の可能性や夢を探しに通うのです。勉強やルールを身に付けるのも生き甲斐に繋がるからです。

 

ただ先生は個人の想いまでは配慮出来ません。

学校で授業を受けてもらって、問題を起こさず安定した進路へ進んでもらうのが先生の仕事です。

 

ゆえに通うだけでは「我が子のための学校」にならないのです。

 

学校は個性を削って周りに適応する場所です。同調圧力が最大限に高い。

同調圧力と個性(親友、夢)は相反します。

今の子どもたちに気力が満ちてこないのは、学校に通えば通うほど自分の夢が分からなくなり、誰にも心を開けなくなるからです。

 

原因の全てが学校にあるとは言いませんが、学校はこの問題に対して手をつけることが出来ません。

ゆえに「我が子のための学校教育」という視点をもってください。

 

学校で伸びるのは「優秀な組織の一員になるスキル」です。

学校に通わずに伸びるのは個性です。個性を伸ばした先には自分だけの夢や心開ける友人がいます。

 

学校は万能でも何でもありません。

通わなくても学ぶもの、得られるものがあります。

 

そこに気づかず、通うこと、主流から外れることを恐れることがマイナスの作用になります。

学校に通う意義は「優秀な組織の一員になるためのスキル」ただそれだけ。

 

学校に通わないメリットは個性が伸ばせるということ。

自分の夢や大切なもの、心開ける人や優しさを学べます。

 

学校を神格化・・・する人はいないでしょうが、一定の距離を保ってください。

 

ルールと生き甲斐の関係

ルールは他人のためにあります。生き甲斐は個人のためです。

生きているからには生き甲斐が必要です。生き甲斐が心を前向きにさせる原動力です。

 

集団生活を送る学校は個人の生き甲斐はさておいてルールを頂点に置きます。

ゆえに学校に染まれば、個人の生き甲斐は見えなくなります。

 

先生は「ルールを守れているか」をチェックして、評価します。家庭にも同じことを求めます。

でも家庭ではルールよりも「日々に生き甲斐を感じているか」の方が大事なのです。

 

生き甲斐を感じる日々を積み重ねることで未来は拓けます。

ルールを守る日々で未来は拓けません。

 

お母さんやお父さんは、ご自身のお子さんのために、生き甲斐を見つけるためのお手伝いをしてあげてください。

何を生き甲斐とするかは本人にしか分かりません。

生き甲斐を教えることは出来ず、こちらが提案したものは嫌がることがほとんどです。

 

「お手伝い」といっても限られますが、好奇心を否定せず、子どもの姿を見守る姿勢が基本です。

 

とはいえ子どもの様子は気になるものです。

「気にしちゃダメだ」と言い聞かせるのは、心に毒です。

「気にしちゃダメ」と思っている時点で既にとらわれているからです。

 

そこで見守るコツをお教えます。

 

お子さんが生き甲斐を見つけるために、お母さんやお父さんも生き甲斐を見つけてください。

普段からご自身の気持ちや時間を大切に。たまには自分勝手で怒鳴ってもいいんです。

 

親が不完全であっても、同じ分だけ子どもの不完全さを認められていれば問題ありません。

そうやって親子で日々を楽しめるよう工夫をしていきましょう。

 

親が日々に生き甲斐を感じるようになれば、お子さんも生き甲斐を見いだしていきます。

繰り返しですが日々に生き甲斐を感じることで未来は拓けます。

家族みんなで行動していきましょう。