療育は必要なのか

行き過ぎた療育や教育とは何なのか。

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療育や教育に関する知識やノウハウが高まり、ネット上でも色んな情報を得ることが出来るようになりました。

私は特別支援学校で先生をしていたので、保護者さんの中には先生顔負けの知識を持つ方もいらっしゃいます。

 

ただ情報が入手しやすくなった反面『どこまでやればいいの?』という疑問を持つ人も増えています。

 

今回『行き過ぎた療育・教育』について話します。

 

『なんでうまくいかないんだろう』

『このままでいいのかな??』

 

そんな方への一つの提案の形になればと思います。

 

正しいから変わるのではない

特別支援学校で対人関係でもつれる子がいました。

簡潔にいえばその子は口が悪いのです。

本人は普通の感覚で話しているのですが他者にとっては厳しく感じられます。

 

キツさのあまり言われて泣く子もいるのですが『なんで泣いているのか分からない』といったところ。

 

先生としては泣く子もいるので『なんとかしないと』と考えます。

そこでボイスレコーダーで言動を録音して聞いてもらうというアイデアが出ました。

 

録音は成功。

後日、普段自分が発している言動を聞いてもらうことに。

 

結果どうなったか。

 

その子はイライラして怒っているのか泣いているのか分からない様子になっていきました。

そして教室を出て行きました。

 

その後、2,3日は激しい言動は治まりました。

ただそれは気づいた、行動が改まったのではなく「落ち込んでいる」「話さなくなった」が正しい表現。

やがては元に戻っていました。

photo by withbeautiful

 

ただし、うまくいく場合もある

『ボイスレコーダーで録音して自分の言動を振り返ってもらう』

これ自体が悪いわけではないのです。

 

自分を客観視することで行動が改まる場合もあります。

 

例えば何年か前にあるお笑い芸人の方が言っていました。

 

『今まで沢山キレてきたけど周りが引いてる空気になることがあった』

『なんでかな、と思ってたけど自分の怒り方が悪いって最近気づいた』

『怒る理由は悪くない。でも怒り方が悪い、ってことやったんやわ』

 

こんなことをトーク番組で話していました。

 

こういう事例であれば『ボイスレコーダーで録音して本人に気づいてもらう』という方法もアリでしょう。

『あーそういうことだったのか』と納得してくれる可能性は高いです。

 

行き過ぎた療育・教育とは

『特別支援学校でボイスレコーダーで録音して本人に聞いたもらったけど意味はなかった』

この事例は超がつくほどの失敗だったと思います。

『超』です。大失敗です。

 

なぜなら本人の自尊心は大きく傷ついたと思われるからです。

 

本人の立場に立って考えてみてください。

 

自分の知らないところで声が録音され聞かされたのです。

これはかなりのショックではないでしょうか。

 

その子の家庭環境は良好とは言えない状況でした。

自己肯定感の低い子だったのです。

問題は別のところにあった可能性もあります。

 

総合的に考えたら『今は』やるべきではなかったと言えるでしょう。

本人の自意識が芽生えるまで、待つべきだったと思います。

 

過失とは言いませんが判断ミスだった、ということです

 

 

行き過ぎた療育とはこのような場合に起こりえます。

 

行き過ぎる原因となるのは

 

『”正しい”ことを提示すればいい』

『出来るようになることが一番だ(『普通』『健常』になるのが一番だ)』

 

といった考え方によるもの。

 

悪いことを悪いと言えば相手が改まるわけでもないのです。

 

もちろん先ほどの芸人さんの例にあるように気づくことで変われる場合もあります。

でも正しいことをそのまま伝えて『そうか。分かった』と変われるわけでもないのです。

 

それはみなさん自身に当てはめても言えることではないでしょうか。

 

行き過ぎないためにはどうすれば

『じゃあどうすればいいの??』

と思われるかと思います。

 

指針を一つあげるなら『正解は常に本人が持っている』ということです。

 

正解は親でも、先生でも、世の中にある常識でもないのです。

 

答えは常に本人が持っています。その姿勢でないと失敗が起こります。

 

ボイスレコーダーで録音の例を思い出してください。

 

あの件は『本人に困り感がなかった』という点に気づいていないのが問題点でした。

 

困っていたのは先生であり、周りの子どもたちです。

本人は困っているわけでもないのに『あなたはこんな姿です』と示しても本人は受け止められなかったということ。

 

つまりは『言うべきではなかった』もしくは『タイミングを間違えた』ということですね。

本人に困り感が出てきてから言えば変わったかもしれません。

 

芸人さんの例で『怒り方が悪いってことにやっと気づいた!変われた!』というのは本人に困り感があったからです。

 

『今まで自分がキレてきて主張したけど周りに理解されない、何でだろう』と困っていたから。

 

その状態になって初めて変わります。

 

あくまでも本人です。

当たり前な話ですが変わるのは本人ですから。

本人の事情が一番大事ということです。

 

『正解は常に本人が持っている』

このことを意識してみてください。

 

行き過ぎた療育・教育は本人の困り感以外の理由で進める場合に起こります。

 

『本人の困り感以外』というのは先生や保護者の事情、及び世間の目や一般常識といった要素です。

 

外ではなく中です。

正解は常に本人自身が持っています。

dai

dai

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