療育は必要なのか

バレンタインデーから。障害ある子や親がどうあるかは自由という話。

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えーもうすぐバレンタインデーです。

昨年までは特別支援学校で働いていたので職場内による義理チョコなるものがありましたが、今は独立してフリーランス。

今年は義理チョコすら拝めません。

 

今年のバレンタインデーはスルーしたいイベントなのですが、テレビCMで広瀬すずさんによるガーナチョコのCMみかけてしまいました。

photo by LOTTE Ghana

 

『超かわいい!俺もガーナチョコ買うぜ!』

・・・ではなくて。

 

バレンタインデーを題材に今回は語っていこうと思います。

 

義理、本命、友、自己チョコ・・・

今も昔も女性の方から男性へ好意を示すのはなかなか困難なもの。

私が中学や高校のころはメールや携帯がない時代です。※ポケベルでした

 

『女子から男子に好意をしめす』というのが非常に難しいわけです。

 

男ですらかなりの度胸がいりますからね。

女子の家に電話するだけでもドキドキものでした。

『好きな子の家に電話かけたら親父が出てきてガチャン』なんてのは私だけではないはずです。

 

男子でもそうですから女子はさらに大変でしょう。

バレンタインデーが定着した理由も『さりげなく好意を示せる格好のイベントだった』という理由もあるんじゃないかな、と。

 

ただ本来のバレンタインデーはチョコをあげる日ではないのは有名な話ですよね。

 

最近では友チョコ、自分にあげる自己チョコなる派生もあるのだとか。

こうなってくると『何でもアリ』な気がしてきます。

 

バレンタインデーは自由なはず

クリスマスでもハロウィンでも何でもそうですね。

本来の意味とはかけ離れたイベントになっているものは山ほどあります。

 

ただ『それでいいじゃん』と多くの人は思うはず。

 

例えば

『バレンタインデーは本来は親しい人に花やカードあげる日。チョコで告白はしちゃダメ!』

という人がいたら『堅いこと言うなよー』『それ意味ないじゃん』なんて気持ちになるはずです。

 

バレンタインデーには友、義理、本命と色んな楽しみ方があります。

当たり前のこと言いますが、その中から何を選ぶかは自分の自由です。

 

好きな男子に告白したいなら本命チョコとして頑張る日にすればいい。

友達同士で楽しみたいなら友チョコで楽しめばいいわけです。

『恋愛よりも私は仕事がしたい!』というのならバレンタインは無視すればいいだけのイベントなのです。

photo by distopiandreamgirl

 

形にこだわるな、ということ

それなりに人生経験積んでいくと『正しいものってあんまないな』と思いませんか?

 

例えば優しさや誠実さは大事です。人間の基本といえます

それでも例えば戦争状態になれば優しさや誠実さは成立しなくなります。

 

『嘘ついちゃダメだ!』で戦ったら確実に負けますから。

 

いわば『正しいものはない』のです。

ゆえに人は悩むわけです。

 

『じゃあどうすんの?』といえば『あなたの都合に合わせて選んでください』ということ。

 

物事には色んな意味があります。

そこから何をどうするかは自分の都合に合わせて選択すればいい。

 

バレンタインで言えば好きな男子がいるなら本命チョコをあげればいいし、いないなら友チョコ。

義理でもいいし、興味なければ無視してもいい。要は何でもいいのです。

 

一つの形にこだわる必要はないんですよ。

万能な答えはなくて何を選ぶべきかの答えは自分の中にあるということです。

 

このブログも同じ

私は以前は特別支援学校で先生をやっていました。

このブログは一貫して『自分の好きなことやりたいことを大事にしましょう』ということを言っています。

それが私の役割だと思っているくらい。

 

何故かというと障害ある子周りにある意見は真面目過ぎて美しすぎるからです。

特別支援学校の指導要領にも『障害における困難を克服して自立して・・・』と書いてあります。

先生も真っ正面に障害に対して向き合います。

 

それは清く正しく美しいでしょう。

 

でも正しさ美しさだけでは人間出来上がっていません。

もっと俗っぽく自分のやりたいことやありたい姿があるんです。

 

私は支援学校で先生をやっていてもっと俗っぽく、ワガママに生きることで成長していく子どもを多く見てきました。

 

バレンタインデーで例えてみましょう。

『清く正しく美しく』という生き方は例えるなら『バレンタインデーは本命チョコしかない!』という考え方。

 

反対に私は『バレンタインデーは友チョコや義理でも自己チョコでも何でもいいはず。本命以外にも答えはあります』

ということを言っています。

 

・・んー分かりにくいかな。

 

要は『そんな真面目に生きなくても大丈夫ですよ』ということです。

むしろ真面目から離れる事の方がいい場合もある

 

支援学校で先生やっていた私から言わせれば『清く正しく美しく』生きる必要もないのです。

 

障害に真正面から立ち向かうのもいいですが、そこは置いといて自分のやりたいことを追求してもいいんです。

そういう生き方もある。

 

どれを選んでもいいのです。

そして選ぶ基準を一つあげましょう。

 

不登校になったり、自信がなさそうだったり、落ち込んでいたり。

自傷や他傷、反抗的になったり、日々が楽しくなさそうであれば。

 

その子の日々の生活を見直してみてください。

どこかに本人の苦しんでいるポイントがあるはずです。

 

多くの場合は世の中や他人の意見に合わせようとすることで問題行動は生まれます。

解決するのは本人の気持ちやありたい姿を尊重することです。

 

これが絶対正しい教育方法だ、というのはありません。

 

今が上手くいかないなら別の方法をすればいいのです。

万能な教育はありません。正解は人それぞれ。

 

例えばもし先生が同じ方法を繰り返しているようなら、その方法を疑ってみることです。

 

繰り返しますが万能な教育はないのです。

問題行動が起きた場合は『万能な教育はない。正解は人それぞれ』という認識でみてみてください。

突破口が見えてくるでしょう。

dai

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