本音と建て前

世の中には本音と建て前があります。

本音が大切なのですが、建前はなくなりません。

 

教育とはなにか。

辞書的な意味あいはここでは書きません。

宿題やモノ調べでこの記事にたどり着いた方は、ここで読むのをやめた方がいいと思います。

 

学校の先生やこれからなる人向きでもないです。

親御さんや将来結婚して、子どもをもうけたい人には役立つ話です。

 

教育とは建前です。

私も建前は使います。

生活において便利だから、又は相手を傷つけないために使います。

建前とはツールなのですが、教育はこれを学ぶ行為です。

 

教育には「教育のされすぎ」という状態があります。

建前が自分の心身に食い込んできて離れなくなった状態です。

教育のされすぎでは自分の気持ちを無視して、道徳やルール通りに行動しようとします。

 

教育の失敗状態はされすぎ状態になったときです。

教育はもう終わりを告げようとしていますので、優秀な先生はこの問題に気づいて避けてくれます。

 

良い例をあげます。

 

私が養護学校(特別支援学校)で先生だったこと。

日々、ジャージの女の子がいました。

彼女は高校生です。

髪の毛は寝ぐせのまま、連日、同じ服で登校してくることもありました。

 

彼女は自分の気持ちを言葉で表現することが苦手です。

話し言葉は「おはよう」「バイバイ」くらいの短いもの。

合わせて知的障害も持っており、読み書きが出来ません。

 

彼女が高校3年生のとき、修学旅行がありました。

引率したのは、若い女性の先生です。

 

その先生は身だしなみに気を使い、オシャレに理解のある人でした。

修学旅行3日間、先生は彼女の髪を毎日セットしました。

「お土産」と称してアクセサリーを買い、3日間身に着けさせていました。

 

旅行から帰ってきたあと、彼女の行動に変化が起きました。

普段の彼女はいわゆる問題児です。

先生の指示に従わず、居座ったり、イタズラをします。

 

旅行後、引率した先生を慕う姿がありました。

その先生の言うことであれば、聞き入れていました。

 

旅行中に、先生のしてくれたことが嬉しかったのだと思います。

 

ちなみにそのオシャレな先生は彼女をどう思っていたか。

「あの子可愛くて仕方ないんです」と言っていました。

 

私はこの二人のやり取りに教育の本質をみました。

この先生は建前を普段教えています。

同時に相手にある本音も知っています。

「可愛くなりたいよね?」という共感を持っているのです。

 

この本音を大事にする先生は「教育のされすぎ状態」には決して持っていきません。

 

「相手の本音はどこにあるのか」

今の教育、学校にないのはこの視点です。

 

「建前をいかに身に着けさせるか」という方法論に走るようになってしまいました。

この流れを止めるために、多くの人が反抗したかと思いますが止まらないようです。

建前を本音にしなくてはいけなくなったのが、今の先生らの苦しさなのでしょう。

 

人間にはみんな個性があり、夢や願いを叶えるために生きています。

教育とは薬と同じで適量飲めば効果的ですが、飲み過ぎたら副作用が出ます。

 

「みんな一緒がいいよね」

「誰とでも仲良くしましょう」

「嫌いな子でも良いとこ探ししましょう」

 

これらは全部建前であったはずが、本気で教えようとする先生が増えてきてしまいました。

現に学校の先生が職員室の裏や、飲み会で同僚の悪口、愚痴を言っています。

自分がみんなと仲良くなれないのに、子どもたちには「仲良くなりましょう」と言っています。

本音を言えない辛さはあるだろうと思います。

 

公教育は明治から始まり、150年近い歴史があります。

長いようで短いです。

公教育のメリットはみんな同じが進むことですが、個性や本音がなくなることが分かってきました。

今の日本はみんな同じになろうと必死ですが、それは人間でなくなるのと同意義です。

 

みんな同じにはなれないんです。

建前はあること自体が大切です。

 

建前をそのまま建前通りやらせるのか、「でもこれは建前だからなぁ」と頭の片隅に置いておくのか。

 

相手の欲しいものを察知する。相手の心を掴む。その上で何かを教える。

仕事とはどこまでいっても同じ。教育者でも同じ。

 

「先生、ありがとう」

「こんな大人になりたい」

 

そんな気持ちになれば子どもはおのずから変わります。

 

本音が分からなくなって、夢や個性を失う人が増えています。

「教育とは強制である」という教育者がいます。

この言葉は言うべきじゃありません。

 

学校は今まで通り進んで行きます。

家庭が学校化すると家族の不和が生まれます。

 

教育のされすぎ状態に気をつけてください。

学校が建前なら家庭は本音の場所です。

ご注意を。