「REAL(リアル)」という車椅子バスケットボールの漫画があります。

「スラムダンク」の作者井上雄彦氏さんが原作。

 

この作品の中で高橋久信という主人公がいます。

彼はある日、不意の交通事故により脊髄損傷となり車椅子生活となります。

今までの勉強も運動も人間関係も何もかも失うという状況に放り込まれます。

 

理屈で言えば「出来ることを精一杯やるしかない」のです。

失ったものではなく、今あるものをみること、ですね。

 

理屈で言えばそうなるのですが、簡単には切り替わりません。

例えばこのシーンです。

高橋は教科書通りの言葉を話します。

 

「自分に何が出来るかを考え、社会の役に立つ」

答えとしては100点満点ですね。

ただ高橋自身の気持ちがありません。これが問題なんです。

 

高橋は人の目を非常に気にしています。

高橋のリハビリには時間がかかるのですが、高橋の他人の目ばかり考えることが原因です。

 

”障がい受容”ともう一つの問題

障がい受容を教科書的に言えば

ショック期→否認期→混乱期→解決の努力期→受容期

という順番で進んでいきます。

 

障がい受容のためには「価値観の変化」も起こります。

 

「価値観の変化」とは今まで「これがいい」と思っていた基準が新しいものに変わるということです。

今まで「子ども嫌い」だった人が結婚を機に「子どもってかわいいじゃん」と思えるようになり「子ども大好き」になったりすることです。

 

高橋は事故により障がいを持つことになりますが、障がいを受容するにつれて、今までの価値観も新しいものへと変わっていきます。

 

ただこれが非常に時間がかかっています。

それは高橋が人の目が気になってしょうがない性格だからです。

 

人の目が気になって動けない高橋久信

高橋は事故前の高校時代は人をランク付けしていました。

誰でも大人になるにつれ客観的に自分を見ますよね。

「自分はこの場所でどんなポジションなんだろう?」ということです。

 

誰でも経験あることですが高橋はそれが露骨なんです。簡単に言えば人の目を機にしすぎて動けません。

例えば高橋は「過労で倒れた母親に会いに行く」という目的のために電車を使い病院へ向かいます。

でも辿りつけないのです。それは「自分が周りからどう思われているか」が気になって仕方ないからです。

 

駅の構内でエレベーターがないため駅員に担がれる際の高橋です。

高橋は終始この調子です。

リハビリをしようにも、周りの目が気になって仕方ありません。

 

見舞いに来た人を「自分を馬鹿にしにきた」と思い込んで追い返します。

 

こうなる原因は高橋には「自分はどうしたいのか」という内面をみていないんです。

 

常に「自分は周りからどう思われているんだろう??」が渦巻いています。

高橋の障害受容が遅いのは他人の目を気にしているからなんです。

 

あなたはあなたのままでいい

では高橋はどうすれば良かったのか。それは高橋の周りにいる人たちがそれぞれに教えてくれます。

高橋の自称彼女の本城ふみかはこういいます。

「歩けなくても高橋は高橋じゃん」

とふみかは言っているのです。

 

高橋のお父さんは「自分の内面を見たらいい」と教えます。

「君の思いをそのまま表したらいい」

と「ありのままの自分でいいんだ」と高橋にお父さんは言います。

そして高橋は今まで誰にも見せなかった自分をみせます。

高橋のランク付けの性格は母親の教育と父親に”見捨てられた”という思い出によるものでした。

彼は辛い思い出をみないために内面を見なくなったのです。そして他人にどう思われているかばかりを考えるようになりました。

根本には「褒められたい」「僕を見てほしい」という思いがあったのです。

 

最後に高橋に「自分のやりたいことを目一杯やれ」と教えてくれた人がいます。

白鳥さんはプロレスラーです。ただ事故により脊髄損傷になります。高橋と同じ身体です。

白鳥さんは障害者になってもリングにあがります。その姿に高橋は「やりたいことを全力でやれ」と理解するのです。

 

白鳥さんの姿に高橋は変わります。

リハビリに真剣に取り組むようになり、車椅子バスケを始めます。

 

でも答えは最初から高橋の目の前にあったのです。

それを実行できなかったのは他人の目を気にしていたからです。

 

正しいや正義ではなくて

正しいや正義や評価など大人になればなるほど気になるものです。

「周りからどう思われているんだろう??」「自分のやっていることは正しいんだろうか」

など気になって仕方なくなります。

 

それは進化のように見えて自分のやりたいことが分からないという退化でもあります。

 

私は障害のある子が通う特別支援学校で9年間勤務しましたが障害者というレッテルを自分自身、子どもたちに貼っていたことに気づきました。

 

「障害者は幸せになれない」というのはレッテルです。

生活で不便なことは増えるでしょう。でも本当の不幸は自分の気持ちが分からないことです。

障害の有無ではないんです。

 

そう思えるようになるポイントは「人の目や評価で自分をみない」ということです。

物語前半の高橋ですね。

「他人から見て自分はどうなのか」という客観的な目で自分を評価しないのです。

 

「障害を持っても自分は自分じゃないか」そう思えるかです。

理屈ではなく、無条件でそう思えるかがポイントです。

 

そのために高橋の周りいた人たちのような「あなたはあなたのままでいい」というメッセージが必要です。

無条件で相手を受け止めてあげてください。

 

リアルを扱った他記事です。四,五本書いています。

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