夢はどうやって描くのか。

子どものころは夢を描くのは簡単でした。大人になると「あれ?どうやってたっけ?」と出来なくなります。

夢は感じるものです。

正邪、理屈飛び越えて「こんなのあったらいいな」とドラえもんのような発想で夢は出てきます。

最近、ボッチャ関連で激しく動いております。

きっかけは7月に行ったボッチャバーです。

ボッチャバーでは一般のお客さんと車椅子に乗った人らがボッチャを楽しんでおりました。

垣根のない空気がありました。

「この雰囲気めっちゃいい」と私は感じました。

 

「ボッチャバーで見た光景を沢山みたい」

「生まれるような仕組みがあればいい」

 

ここに理屈はありません。

見た光景から思ったことです。

 

「ボッチャを障害者スポーツでなくせばいいんだなぁ」と思いました。

実際問題、私と車椅子に乗る人が勝負して私は負けております。

ボッチャを一般スポーツとして扱って何ら問題はありません。

 

最近滋賀県ボッチャ協会のHPをリニューアルしました。

これもボッチャバーで見た光景を増やすための取り組みです。

滋賀県ボッチャ協会へ

 

自分で選んだことならどんな結果でも発見があります。

選択度数の高い人生を歩んでいれば正解しかありません。

 

自分で選んで、その結果を感じてください。

選んだなら負けても失敗でもOKです。

深い敗北には深い学びがちゃんと待っています。大丈夫です。