サロンではフェイスブックを使ってのライブ配信をしております。

私は8月の中旬に伊勢神宮へ行ってきました。

私は無宗教ですが、やってきたのは神頼みです。

この日は8月の猛暑。

観垣内参拝というお金払ってスーツ着て参拝してきました。

 

私はジャケット、ネクタイ、革靴での一人汗だく参拝。

周りは半パン、Tシャツで楽しげな観光客。

 

ここまでするには意味があります。

目的は自分を捨てること。

 

クローゼットの洋服を捨てたら新しい服が入ります。

頭にある余計な意識を捨てたら新しい意識が入ってきます。

 

Tシャツで近所の神社へ行くより、スーツで日本一の神社へ行く方が自分と向き合えます。

わざわざそんなことするのだから無駄にしたくありません。

その意味での神頼みです。

 

大人になればなるほど、色んなものがまとわりついています。

私たちが本当に必要なものはシンプルなものです。

分かっているはずが、そう思えないのが人間です。

私は伊勢神宮でヘッドクリーニング(頭の大掃除)をしてきました。

真夏の大掃除とばかりに、自動車で5時間かけてお伊勢さんまで行ってきたわけです。

 

今回のライブ配信では、「自分の捨て方」として伊勢神宮で私が何を思って行ってきたか。

結果、タイミング、みなさんの生活で出来ることを話しました。

 

「何かを変えることが出来るのは何かを捨てることが出来る人だ」

とある漫画でそんな台詞がありましたがその通りです。

 

変わりたいと思っても変われない人がいます。

「新しい知識を得れば変われるんじゃないか」

そう思いがちですが、どうすればいいかは既に知っています。

 

切りたい過去や因縁や思い出が答えにかさぶたをはっているのです。

切り落とす勇気です。

 

意識が変わると具体的な行動が変わります。

私はボッチャというスポーツの普及活動をしていますが、これを事業化していくことにしました。

意識が変わったからです。

今まで「こんなことやってはいけない」と思う自分がいました。

そんな自分を捨ててきたのです。

 

人は変わることが出来ます。

学校や教育、会社や組織から「こうありなさい」と沢山教えられてきました。

それらは頭にストッパーをかけています。

 

外すのは自分と向き合うこと。

今回の伊勢神宮行きでは、行き帰りの5時間「自分は何を捨てるのか」とずっと考えていました。

参拝後は頭に言葉が浮かびました。

 

大人になればなるほど、忙しく自分と向き合う時間はありません。

テレビやスマホからは余計な情報が入ってきます。

 

人間は自分のことが分かっているようで分かっていない生き物です。

ヘッドクリーニング(頭の大掃除)では、素の自分が浮かびます。

捨てきったあとに残るのは自分の本心です。

 

私の話は「あなたの本音は何ですか?」に尽きます。

「本音で生きてはいけない」

「周りに認められることが大事」

そんなことを学校で習ってきましたが、失ったのは自分のやりたいことです。

 

参加者の方々からは「素の自分でいたい」という主旨の書き込みが観られました。

本音というのは会話で出てきます。話せる相手が大事です。

なるべく本音で生きている人、生きようとしている人と触れ合ってください。

 

追い込まれたとき、絶望を感じたときはチャンスでもあります。

自分と向き合うにはどん底を味わうのが一番です。

 

今まで生きてきて「自分ってこんな人間だ」というイメージがあるでしょう。

それらを捨て去るのがヘッドクリーニングです。

 

伊勢神宮へ行くだけが手段ではありません。

神社じゃなくてもお寺でも教会でも、神頼みでなくても結構です。

 

情報をシャットアウトして、自分と向き合ってみてください。

目を閉じて、神に祈る。

この行為は自分と向き合う行為です。

意識の矢印を自分に向ける。これが出来る人は変われます。