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 夢は平等だ

「出来ることが増えたら素晴らしい」

半分は正解ですが、半分は不正解です。

 

正解を分けるのは、本人がどう思っているのか。

それを忘れたら正義はただの押しつけになります。

 

夢が大事なのは、起業家やプロ選手だけの話では絶対にありません。

お金を稼ぐため、生産性をあげるために夢はあるんじゃない。

 

夢が大事なのは、人間だから大事なんです。

「あなたにとって夢は大事でないです。みんなと同じように働きなさい」

現在、これが当然のようにまかり通っていることに私は憤りを感じています。

 

このサイトでは自分を見失うことを「自分ロスト」と呼んでいます。

私が出会ってきた子、全てではないですが、「自分ロスト」の状態にいる子は見かけました。

感受性がなく、笑顔も嫌もない。※「自分ロス」とは?

 

ある車椅子の男の子は高校生。

彼は私に対しては悪態をついてきました。

他の先生の前では良い子です。

 

私は「ありのままでいいよ」と思っています。何を言われても「それが今のあなたなのね」で済ませます。

彼からすれば、安心して自分を出せるのでしょう。

 

これはとても重大な問題です。

 

公教育とはそもそもが公のためにあります。

最初の最初からズレているんです。

先生が悪人だからとも違います。

 

どちらかと言えば先生は子ども中心でいたいのだと思います。

それは新人の先生ほど「子どもの気持ちを大切に」というフレーズを使うからです。

 

ところがほぼ9割の先生が、慣れるに従い初心を忘れる仕組みになっています。

そもそもが公のための教育だからです。誰が悪いわけでもなく、最初のスタート地点からの過ちです。

労働時間を減らすとか、カリキュラムを変えるとかの問題じゃありません。

 

ではそのような状況にあって、障害のある子どもたちはどうすればいいのか。

各家庭が夢をもっと意識することです。

公教育や世の中は「みんな同じ」や客観性を求めてきます。

本当にそのままそれをやったら「自分ロス」の状態です。

 

ロストした人、周りはどうなるか。

虚無感に襲われるだけです。誰も何も幸せにならない。

 

無意味なこと、誰も幸せにならないことを全力でやらされている。

これが今の本当の病理の部分。修正をかけなければならないのは概念です。

 

人の感情は見えませんが、波紋のように広がっていきます。

全員が画一化になるのか、個性を発揮する社会になるのか。

今はせめぎ合いが起っています。

 

公教育は画一化を目指し、民間では個性を発揮するための舞台を作っています。

どちらが勝つのかは、個人がどう意識を持つのかで決まります。

 

もっともやってはいけないのはマイノリティ(少数派)への態度です。

マイノリティに対し、画一化、無個性を求めることは多数派にも跳ね返ってきます。

 

「人は対等である」とは人の本能に埋め込まれた感覚です。

相手に「黙って働け」といえばどうなるのか。

自分にも「黙って働かねば」と暗示をかけてしまう、または村八分になり孤独になっていきます。

 

障害のある人に対し「黙って働きましょう」と教えることは社会の停滞を表しています。

よーく考えたら分かることです。

テクノロジーが発達し、多様な働き方が生まれてきています。

自己実現が可能な世界になりつつあります。

ネットを使えば個人レベルでの情報発信が可能になり、ブロガー、ユーチューバーなど一般人が世の中に訴えることも可能になりました。

 

これから確実に個人の時代がやってきます。

なのに学校は画一的なことしか出来ないのです。

これはそもそもが公教育とは画一を目的としたことから始まります。

言ってしまえば「後の祭り」です。

 

「個性や夢を追いかけるのなんて当たり前じゃん」

そんな世の中が来たらどうなるのか。

人の生きる目的は自己実現です。本来の健全な形に戻れるのです。

 

「世の中の多数派だけが夢や個性を追いかける。少数派は黙って働く」

こんなことが起こりえると思いますか?

仮に起こりえたら、人心は荒むでしょう。怯える社会の始まりです。

 

悲観的な話はしたくないですが、国会議員によるLGBTへの問題発言のように「多数派だけ」の発想が出ています。

そんな議員が辞職してないのが不思議なのですが、裏を返せば支持する人がいるということ。

世の中はマズイ方向へ向かっているのでしょう。

 

「障害のある人も夢や個性を追いかけよう」

こう思うことで解放されるのは、実は多数派の方です。

 

学校はそもそもから間違えてしまいました。

オールリセットが起きない限りこのまま続きます。

 

障害ある子を育てる保護者さん、そしてご本人へ。

何も気にすることはありません。

あなたの感じること、想うことを発揮していってください。

 

人にはみんな夢を抱く才能があります。

私は自らの個性を発揮し、夢を追いかけていたいです。

だからあなたもそうあってください。

あなたのためじゃありません。私自身のためです。