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多数派が正しいとは限らない

他人と意見が一致することは珍しいです。

先日、とある学校の先生と初対面でお話しました。

 

「今度ボッチャバーやるんですよ」

場を和ませようと、私はそう切り出しました。

 

ボッチャバーとは障害者スポーツをしながらお酒が飲める場。

冗談みたいな話です。

相手は笑うだろうと思っていました。

 

予想外にその先生は真剣な眼差しで話を聞いてきました。

やがて先生自身が過去挑戦した、学校での取り組みを話してくれました。

 

その先生は理美容や身だしなみの授業が出来ないかと苦心したそうです。

勤める学校は養護学校(特別支援学校)です。

企画書を書くなど頑張られたのですが、制度上出来なかったそうです。

 

先生の話に私は多いに共感しました。

そこから1時間近くお話しました。

 

話の終盤に「一番大事なのは気持ちを満たしたかじゃないですか」と私は言いました。

先生は大きく頷いておられました。

そのリアクションに「いっぱい悩んできたんだな」と思いました。

おそらく・・というか間違いなく周囲との温度差に悩んだはずです。

 

とあるお母さんがいます。

お子さんはスポーツが好きで、学校卒業後はスポーツに関する進路先を選ぼうとしています。

 

周囲のママ友や先生には反対されたそうです。

お母さんは「子どものやりたいことを応援するのが親じゃないの??」と戸惑ったそうです。

 

気持ちを大事にする親や大人は常に少数派です。

議論してもまず勝てません。

気持ちは見えないし、聞こえないし、理屈は飛び越えています。

正論と気持ちが戦えば正論は勝ちやすい。

でも気持ちが大事。そんな悲しい構造があります。

 

「あれ?自分が間違っているのか?」と思う親御さん、先生いると思います。

気にせずいきましょう。

 

ストレートに言えば、あなたは見えている人なんです。

気持ちが見えてない人と、見えている人が世の中にはいるんです。

 

UFOはいるか、いないか、雪男はいるか、いないか。

強引ですがそんなのと同じです。

 

見える人には見える理屈があり、見えない人には見えない理屈があります。

かみ合うわけがないんです。

 

人間性低いのですが。

私は見えてない人とぶつかったときは「あぁ、見えてないんだね」と思うようにしています。

それは防御のためです。

「気持ちが一番大事だ」と信じているからこその防御です。

 

気持ちがあるから人間です。

私は正しいと信じているけど、ずっと少数派です、常に。

 

防御が大事。そう思っています。

 

信じて大丈夫ですよ。

子どもは分かってくれます。