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 教育と啓発が大事。

私は養護学校の先生でしたが、先生ではなかったと思います。

「必ずこれをしなさい」と言ったことはなく、生徒が反抗しても「それがあなたなのね」と思っていました。

 

学生時代を振り返ってみてください。

多くの先生は正解を持っていて、それに準じていたら〇、反していれば×を点けたと思います。

 

私も先生だったときは「イヤだなぁ」と思いながらも、〇×点けていました。

本音は「あなたの人生はあなたが選びなさい」と思っていました。

ある意味職務放棄なので、そこは申し訳なかったですが、この姿勢は啓発だったと今にして思います。

 

最近、悟志君と話しました。

彼は車椅子に乗る20代の青年です。

 

彼が私の車に乗って、夕ご飯食べに行く途中での会話です。

 

satoshi
僕、友達少ないんですよ
yasu
なんで?
satoshi
自分ない人とは話が合わないっす

 

悟志君の長所は自分があることです。

こんな子・・というかもう20代ですが、こんな子は珍しい。

 

誰も問題点に挙げませんが、支援学校の先生が多い環境は欠点もあります。

先生と密着している=正解主義になりやすい、といえます。

 

悟志君はある女の子の話をしていました。

彼女は「自分がない」そうです。

 

・仕事や友達関係がうまくいかないのを自分のせいとは思わない。

・車椅子に乗る悟志君の気持ちや立場を理解せず「私に合わせてよ」と要求してくる。

・頼れる大人を常に探している節がみえる。

 

彼女はなぜ「自分がない」のか。

それは誰かの正解に沿ってばかりいたからだと思います。

 

「彼女のせい」でもないのかもしれません。

「大人の言う通りにしたのに、なんで私は幸せになれないの?」と彼女は憤激しているのだと思います。

 

子ども時代に必要なのは教育だけではありません。

啓発という教育と真逆のアプローチも必要です。

 

啓発に正解はありません。

「あなたはどうしたいのか?」という問いかけがあり、本人が納得すれば全て正解です。

 

悟志君がよく口にする言葉があります。

satoshi
僕は人に恵まれてきたと思う

彼は誇らしげにそう言います。

 

悟志君は幼いころから啓発を受けてきたと思います。

彼を啓発したのは、寄宿舎の先生たちだったようです。

寄宿舎とは、学生寮のようなもの。悟志君は幼い頃から寄宿舎で過ごしていました。

 

彼は現在一人暮らしです。

中学生のころ「僕は将来一人暮らしをします」と宣言したそうです。

寄宿舎の先生は賛同してくれました。

「一人暮らししたいなら、日常生活を自分でやってみなさい」とアドバイスして、挑戦させてくれたそうです。

 

彼は試行錯誤しながら、洗濯、掃除、買い物や社会マナーを身に着けていきました。

念願叶って今は車椅子に乗りながらの一人暮らしです。

 

今の彼をつくったのは「学校での教育」と「寄宿舎での啓発」でしょう。

私は「成長には教育と啓発のバランスが重要だ」と思っています。

 

今、子どもたちの周りは教育一色です。

「これが正解だ」と答えを学校は示します。

会社はマニュアルを求め、世の中は正しい理屈を要求します。

今の社会にある閉塞感は「正解通りにやっているのに幸せになれない」という憤慨ではないでしょうか。

 

対極にある正解のない啓発を意識してみてください。

例えば「みんな仲良くしましょう」「優しい人になりなさい」とも私は言いませんでした。

 

「悪になる自由を与えても、人は善を選ぶはずだ」

私はそう思っています。

 

ある不良生徒は、私と二人のときは穏やかな表情をしていました。

ふてくされた中学生は、スポーツを通してやがて夢を語るようになりました。

 

「あなたはどうしたいのか?」

その問いかけを続ければ、人は善を選ぶしかないのだと思っています。

 

啓発をやる大人は怖いと思います。

「騙されているんじゃないか」

「怠惰でワガママになっていくんじゃないか」

そんな不安感との戦いです。

 

ただそこを信じてください。

私は「不安を感じたときが勝負の際だ」と思っていました。

 

「それでも俺はオマエを信じる」

そんな一途さが、相手の心を解かすように思います。